| — | Twitter / @fumofumocolumn (via extramegane) |
hexe:
レッシグかな?
Lessig先生ですね。私も彼の講演でこのスライド見た記憶が。
http://www.slideshare.net/rashmi/larrys-talk-free-culture
これの147番目のスライドがそれです。
おーこれだ。このスライドはすごいですよね。それまで聞いていた印象から大きくハズレて、レッシグは凄い言葉とパンクな人なんだなあと強い印象持ちました。
補足しておくとここでスピーチ(スライド+音声)が見れます。ちょうかっこいい。
http://ittousai.org/lessig/lessig_free_culture_japanese_1.1.swf
何度でもリブログ。今『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』を読んでいる。
現時点でもレッシグ先生の話は「著作権の話」だと誤解されている嫌いがあります。以前解説文みたいなものを書いたことがありますが。
http://pdl2h.tumblr.com/post/223279475
これを読むと、なぜ彼がその後の研究テーマを「腐敗(corrruption」に変えたのかが理解しやすいかと。
あと、今はこういった抽象的な概念の話ではなく、実装レベルでの話が多くなってます。これについてはZittrainの論文「オンライン上のゲートキーピングの歴史」が邦訳されてるので読んでみるのをお勧めします。
オンライン上のゲートキーピングの歴史(1)
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/43642
オンライン上のゲートキーピングの歴史(2)
なにがコントロールできるのか、なにがコントロールできないのか。そういう観点で世の中を眺めた経験はそうない。そういう観点でみると、なにがわかるんだろうか。
社 長の成功談で聞く類型のひとつとして、目標はコントロールできる形にしておかなければならない、というものがある。営業職の人に、○○円を売り上げろ、と いう目標は筋が良くない。売上金額というのは、営業職ひとりでコントロールできるものではないからだ。彼がコントロールできることは、何日間で何人と会 う、とかそういうことだ。
テニスコーチのガルウェイはこう言う。「あなたの打ったボールはどのくらいの距離でアウトしている?」彼は、 「ボールを枠内に入れろ」とは言わない。生徒がコントロールということを理解するための、重要なヒントを提供している。なにが今、コントロールできること なのか。コントロールするためには、何をわかっていないといけないのか。
コントロールに関する勘違いをなくすことで、生活はだいぶスムーズになるんじゃないかと思う。コントロールできないことについて直接考えない。コントロールの範疇にないものについて、コントロールの影を読み取らない。
わ れわれが何か悩んでいるとき、そこには自分がコントロールできないものが絡んでいることが多い。初心者が、ボールを枠内に入れようと悩んでも、その点につ いてのコントロールスキルはないのだから仕方がない。まずは、自分の行った行為が、どういうふうにズレを起こすのか。そこを知るところからだろう。
怒っ ている人がたくさんいる。他人に、悪意のある振る舞いをされて腹を立てている。たとえば、政治に腹を立てている。ほんとうに、それは悪意なのだろうか?相 手は、そんなに状況をコントロールできるような力があるのだろうか?それは単に無知や無能なのではないだろうか?だとすれば、こちらはどのようにそれに対 して、自分のコントロールの範囲で手を打つべきか?
どうも自然と、自分のこと、世の中のことに対して、人はコントロールを見いだしすぎる ようだ。そんなにコントロールできることはないし、みんなもそんなにコントロールしていない。コントロールのできる範囲について、冷静に、独自のラインを 見極められる人は、なんか”クール”だ。
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コントロール幻想 - β2 (via flatmountain) 2011-05-08 (via gkojay) |
他に、私どもCAが機内で気をつけている立ち居振る舞いでは、物をお渡しする際の視線は「人‐物‐人」です。
例えば、コーヒーをお渡しする際、まずは「お客様、コーヒーでございます。」と笑顔でお客様を見てお声掛けをします。そして手元を見てコーヒーを手渡します。こぼさないようにお客様がしっかり受け取ったことを確認し、手を放します。その後、お客様に視線を戻し、「どうぞごゆっくりお召し上がりください」と一声おかけします。すると、お客様も私どもに目を合わせてくださり、にっこりと笑顔を返してくださいます。この「人‐物‐人」を丁寧に行っていくことでお客様と心が通じ合う瞬間を作り出すことができるのです。
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第4回 立ち居振る舞い5つの基本 | BPnetビズカレッジ | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉 最後に相手を見ることがポイント。 (via amiens2009) |
「自分でやった方が早い病」とは
■病状
・「自分でやった方が早い」という考えに陥る
■2つの発症パターン
・まわりよりも自分ができてしまうから
・相手に悪いし、お願いが下手だから
■かかる人
・仕事ができ優しい、30代の新人リーダーに多い
■病の原因
・「人のため」と言いながら自分の利益しか考えていない
・まわりの人と一緒に成長しようとしない
・基本的な教育ができていない
・エースピッチャーの快感に浸りマネージャーの喜びを知らない
・自分大好き人間
病状が悪化すると
・「孤独な成功者」になる
・仕事を抱え込み、病気も抱え込む
・つねに「誰かのせい」にして生きることになる
・笑顔と余裕が消える
・いつまでたっても優秀な人が現れない
・誰も信頼できなくなる 誰にも信頼されなくなる
・仕事が途切れると、年賀状も来なくなる
克服できると
・1人の100歩ではなく、100人の1歩で進むことができる
・まわりができる人だらけになり、大きな仕事ができるようになる
・友達もお金も増える! 昇進、昇給もできる!
・より大きな幸せを感じることができる
・「自分がほめられるための仕事」ではなく本当の仕事ができる
処方箋
■「任せる」とは「失敗させる権利を与えること」
・失敗の経験を積ませるのが上司の仕事
・失敗は短期的な成果、効率を見た場合の評価
・育てる、任せるから見た失敗は、成長
■まわりの人をヒーローにする
・損な役回りを引き受けてみる
・目先の損を取って、長期的な得を得る
■「任せる」は「仕事をふる」ことではない、と理解する
・仕事は責任とセットで任せる
・責任も与えれば、ふられたほうも俄然やる気になる
■自分のコピーをを作ろうとしてはいけない
・自分がトッププレイヤーだから、つい自分のやり方が正しいと思いがち
・部下に仕事を任せた以上、部下のやり方に口出しはいけない
■計画と検証は一緒にやり、実行は一人でやってもらう
・リーダーの仕事は、P(計画)、C(検証)、A(改善・仕組み化)を全力を注ぐ
・D(実行)の部分は部下に任せる
■あえて70点のマニュアルを作る
・残り30点は部下が自分で考える部分
・独自性を発揮できるように余白を用意しないと、マニュアル人間になってしまう
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Twitter / medtoolz (via biccchi) (via msnr) (via shukujitsu) (via pcatan) 2008-11-16 (via gkojay) (via urume) (via yaruo) (via sumihila) (via takaakik) (via missingblue) (via reretlet) (via konishiroku, kuwataro) (via yaruo) (via hummer) (via hkdmz) |
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Twitter / 井手 康喬 (via 337) 2010-12-09 (via gkojax-text) |
では、ここからまた映像に沿ってお話ししてみたいと思います。
まず『ふしぎの海のナディア』の第七話「バベルの塔」の回です。
可能であればレンタルするなどして観て下さい。
僕が、シナリオ見た段階とかコンテ見た段階で大変だなと思ったのはこの辺からですね。
拙著『世界征服は可能か?』(ちくまプリマー新書)でも書いたんですけど、このガーゴイルさん、実にマメに働くんですよ。
内輪のパーティでもスピーチする。これ大変ですよ。
一つ一つプロジェクトがあるたびに「お前はだめだ」とか「お前のような奴は死ね」とか罰を与えたり褒めたり、演説したり。
ナディアを尋問するのも、自分自身でやってるんですよ。
多分、頼れる部下が一人もいないんじゃないかな。大変だよな。
これも、ガーゴイル以外に、敵側で魅力的なキャラが作れないからなんですね。
敵側の組織にちゃんとロジックがあって、なぜ人類を支配したいのかとか、ネオアトランティスは何をしたいのかとか、ある程度出来てると、キャラを複数に分けることができるんです。
そうすると、敵の中での裏切りとか、敵の中の迷いも作れるんですけども、『ナディア』に関しては、そういう事をやっている時間もなければ、キャラクター的な余裕もない。
とりあえず、誰か一人に特定してそいつに全部背負わせて、全部の台詞言わせなきゃいけないんです。
だからガーゴイルは「人類は全部滅びろ」と言ったり、「人類は私の前にひれ伏せ」と言ったり「お前は殺してやる」と言ったり。
「滅びろ」と「ひれ伏せ」じゃ、矛盾してるんですけどね。
なのに、こんなにスタッフや賛同者の人数はいる。
こいつらとはどういう契約になってるのかもわかんないまま、とりあえず勢いでどんどん進めるしかない。
ガーゴイルだけが必然的に働き者になっちゃうんですよ。
ガーゴイル「同志諸君、ついに我らの記念すべき日がやってきた!」 (①)
これがネオアトランティスの作った巨大ブルーウォーター。
基地の電力をすべて落として、全エネルギーを集中して鋳造した人造オリハルコンです。
ナディアが首から提げているペンダント「ブルーウォーター」の、人工的に作ったマガイ物です。
バベルの塔が起動します(②)。
こういうメカデザイン基部に、縄文式土器をさりげなく入れるところが前田真宏のすごいとこですね。
失われた前世紀文明、というニュアンスが絵一枚でわかる。いかにああいうデザインラインで、知ってる物、典型的な物をポンポンて出せるのか。
前田真宏はここら辺の処理がすごく上手い。 センスがいいんです。
量子加速器も作動しました(③)。
このあたり、ちょっとキャラの動きに注目してみてください。
この回で悪の首領ガーゴイル、そいつが「十二年の歳月と経費をかけて」って言っています。
超古代に打ち上げた人工レーザー衛星「しもべの星」が、まだ作動するかどうか、この時点では不明だった。
一万二千年前の機械だから。
で、この夜、ようやっと接近を確認。
「しもべの星」は言い伝え通り実在した! これで世界は我々の物になるってすっごく喜んでるんです。
で、この計画がいかに素晴らしい物か、自分で演説しちゃう。
「こんなに経費をかけた、みんなご苦労だった。さあパーティだ」
って、パーティするくらいです。
パーティには自分が出て行く。
囚われになったお姫様までを連れて行く。
「皆さん見てください、おまけにナディア姫まで捕まえましたよ」
ってみせびらかす。
これまで地下で潜んでいたネオアトランティスという団体が、ついにこの世界に対して牙をむいたという歴史的な瞬間です。
得意の絶頂ですよね。
それなのに次の話数では、ノーチラス号との戦で基地は破壊されてしまうんです。
前回こんなに喜んでいたからには、ガーゴイルはすごく悔しがっていいはずですよね。でも、あまり悔しがらない。
「ふっふっふっ、こんな事はたいしたことではない」
って言っちゃうんです。
なぜかというと、悪の首領としての絶対性を保つためです。
ガーゴイルやネオアトランティスの絶対不可侵性を守るためにやっちゃうんですね。
でもこれやっちゃうと、旧日本軍と同じになっちゃうんです。
「我々には大和がある。」から、「大和が沈んでもまだ平気」みたいな事にすると、だんだん国民が付いてきてくれなくなりますよね。
『ナディア』も、見ているファンが少し冷めてしまうんです。
もちろん、一緒になって盛り上がってくれる子供たちもいるんですよ。
「ガーゴイル様、すごい! すごい!」って言ってくれる女子もいるんですけど、それと同時に冷めちゃう人も必ずいる。
「このアニメって盛り上げてるんだけども、足下がおろそかだなぁ」
とちょっと大人の視聴者にはバレちゃう箇所ですね。
「バベルの塔計画」があったのに、ダメになってしまった。
こんな時、例えば『仮面ライダー』だったら大丈夫なんです。
作戦を立案して実行するのは、ショッカーの怪人の一人、つまり幹部クラスだから。
失敗してもその幹部に責任を取らせれば、それで視聴者は納得します。
幹部一人に責任取らせても、その上にはそいつら全てを束ねる悪魔総統がいる。
悪魔総統がやられても、さらに上には暗黒大魔神がいたのだ! という構造にすれば大丈夫。
よく使う手です。
スタンダードな方法ですね。
このスタンダード手法さえ押さえていれば、バベルの塔計画を実行する時も、ガーゴイル総統自らが出て行くなんてことをしなくて済みます。
ガーゴイル総統とは別に、バベルの塔のプロジェクト責任者と会話するシーンを作っておけば、さっき言ったような問題は回避できます。
その上で、今回「バベルの塔計画」は失敗したけど「しもべの星」が本当にあることが解ったから良かった、みたいな落とし方にすればいいんです。
これは台詞だけじゃダメです。
これを台詞だけでやっちゃうと『エヴァ』になっちゃう。
「全てゼーレのシナリオ通り」って、言ってるだけ。
この関係を、キャラクターの関係として見せなきゃいけない。
台詞だけじゃなくて「具体的なプロジェクトと代表するキャラクターとその成果」という形で、そのカードを一枚ずつ見せることがすごく大事なんですね。
でないと、途中まで延々、名前だけの説明セリフになっちゃうんですよ。
ガーゴイルも台詞では一生懸命説明してるんですよ。
「これらは全て我々の計画通りだ」って。
でも、いつも同じセリフだから、徐々に視聴者の信頼は下がっちゃいます。
ワンパターンに思われて、あんまり信用してもらえない。
しかし、いま説明した「プロジェクトごとに幹部が担当する」という構造なら、そういう肩すかしが防げるわけですよ。
それが、ナディアではできていない。
キャラクター的に余裕がないというのは、そういう事です。
難しいんですよ、この問題は。
『トップをねらえ!』でも「宇宙怪獣の目的は何なのか」はすごく考えたんです。
「この宇宙全体のエントロピーが増えすぎないようにするための生物」という基本的なベース設定はあるんですけど、それくらいしか考えられませんでした。
それでも基本設定があるだけマシなんですね。
基本の考え方、世界観みたいなものがなかったら、言葉だけでどんどんどんどん空回りになってしまいます。
世界観自体のインフレーションが起きてしまう。
繰り返しになっちゃいますけども、なぜ僕が今、こういう自分たちの恥というか弱点というか失敗みたいなものを語っているか。
これから先アニメを作るとき、もしくは小説とかマンガを作るとき、あるいは見るときもそうですけど、構造的な物の見方、フレーム的な物の見方が出来るようになっていただきたいからです。
こういう補助線を持って見ると、単に面白いとか、キャラが萌えられるかという以外の見方ができるようになります。
このクリティカルな、評論的な見方ができると、アニメやマンガを語るときの大きな武器になる。
アニメファン以外に作品の面白さ・見所を伝えることができるようになります。

